諦めずに続けることが最強の武器—50歳のヨリブロが20歳の姪・海から教わったこと
幼稚園のかけっこで、姪っ子の海は友達にこう言っていたそうです。
「最後でいいよ」
その言葉を聞いたとき、正直、ちゃんと”競争”をせずに一番ビリでいいと最初からあきらめている姿に腹がたちました。
でも今、その言葉を思い出すたびに、胸が熱くなります。
あの海が、まさかこんなふうに変わるとは思っていなかったからです。
海は小さな頃から少しぼーっとした子で全力で競うこと、”はぁはぁ”と息がつらくなることを避けるタイプの子供でした。
何をしても一通り習得したレベルになるのに2~3年かかるようなタイプです。
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続けることは、じわじわと人を変える。
海が400mハードルを始めたのは高校に入ってからです。中学時代は陸上をしていても表彰台に立つような目立つ存在ではありませんでした。
それが高校でこの種目と出会い、県内2位まで記録を伸ばしました。その裏には、本人の努力だけでなく、練習だけでなく、メンタルも支えてくれた先輩のサポート、顧問の先生のご指導がありました。
テスト期間中も高校のグランドで練習をする海は当然成績が良くなく、大学も陸上をするために進学しました。
この頃には、「誰にも負けたくない」と立派な負けず嫌いに成長しました。
大学に進んでからは、試練の連続でした。高校までは先生がメニューを組んでくれる環境でしたが、大学では自分で考えなければならない。部員が揃わない日もある。その自由の重さに押しつぶされかけて、一人で練習しているうちに怪我をしました。最初の西日本インカレは、さんざんな結果でした。
それでも、うみは大会に出続けました。
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諦めずにいると、出会いが来る。
ある大会で、同じ400mハードルをする同県の選手と出会いました。一緒に練習するようになり、他大学の選手たちとも繋がるようになりました。環境は自分では変えられなくても、動き続けることで、環境のほうが変わっていったのです。
そして大学3年になって出場した中国・四国の大会、最後の直線、6位の選手との差が縮まっていく。ゴールラインの上で交わした瞬間、自己ベストで6位入賞。
大学生になって初めての賞状、とても嬉しかったと思います。
「わたしが最後でいいよ。」と言っていた海は、”気合と根性の使い手” になっていました。
その姿を見て、50歳のヨリブロはとても感動しました。
諦めずに続けることが、こんなにも人を強くするのか、と気づきました。
続けるというのは、毎日完璧にやることではない。転んでも、迷っても、一時嫌になっても、結果が出なくても、やめないこと。それだけでいい、と。
その気づきが、ヨリブロがこのブログを始められた大きな理由です。
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そして西日本の大会へ!
ヨリブロは、膝の痛みで2年間、海の大会を一度も見に行けませんでした。
今週末、大阪で西日本インカレがあります。
海が出場します。
今度こそ、応援に行きます。
20歳のうみが教えてくれた「諦めない」という生き方を、50歳のヨリブロはブログで実践し続けます!
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最後に、少しだけ。
「これ、続けていて意味があるのかな」「好きなままでいいのかな」と、立ち止まってしまうことは誰にでもあると思います。ヨリブロも、よくあります。
でも海が教えてくれたのは、意味があるかどうかより先に、やめないことだけを選び続ける、ということでした。
正直、「なんだかちょっと飽きてきたかも、次に行こう、次っ!」というタイプのヨリブロ。こんなタイプなので海のように8年も9年も続けられたモノがありません。
仕事も含めて、です。
海を見て、「続けることが最強の武器」と教えてもらいました。
ヨリブロも、とりあえず続けてみます。
もしよかったら、あなたもそのままでいてください。
それだけで、きっと大丈夫です。

