50代の「SNS疲れ」に効く特効薬?デジタルデトックスとおばあちゃんが教えてくれた「写経」の智慧
ふぅー。と一息のつもりで、YouTubeのショート動画を眺めていたら、気づけば夜が更けていた。
休日の数時間が一瞬で溶けて、もうバイトの時間。
「またやってしまった!」
そんな後ろめたさ、皆さんも経験ありませんか?
ヨリブロも、熱烈な推しがいるわけでもないのに、無意識にスマホをダラダラと見てしまう時間が増えていました。
最近よく耳にする「デジタルデトックス」や「スマホなし旅行」。
最初は「意識が高い人の趣味かな?」と思っていました。
でも、ごろごろしながら動画を消費した後の、あの何とも言えない心の消耗感を感じるたびに、これは他人事ではないと痛感しています。
思い出した、亡くなったおばあちゃんの言葉
若かりし頃のヨリブロには「なんだか心がザワザワして落ち着かない」、「何かしないといけない」、と生き急いでいました。いつもイライラして喧嘩ごしに話しをするヨリブロに、おばあちゃんはさらっと「写経をやればいい」と言いました。
当時は「写経?写経ってお寺でお経書き写すアレ?」、「そんなダサいことしたくない」と脊髄反射で拒否していました。
でも、今ならその言葉の深みがわかります。
あの頃の雑誌がスマホのSNSにかわっただけ
ヨリブロの20代にはスマホ、SNSはありませんでした。
それでも、雑誌の中の細くかわいくて、きらきらしたモデルさん達が着ている洋服、持っているカバン、使っているコスメやポーチの中身、身につけているアクセサリーに「自分も同じようにしたい!欲しい!!」と考えていました。
ファッション雑誌をめくるたびに、田舎くさい自分の生活とは違ってキラキラした生活をしている誰かが目に飛び込んできました。
細い体、無駄毛のない美しい足や腕に旅先での笑顔。
「これを持っていないと駄目だ」
「これを食べていたら駄目だ、もっと減らさないと」
「動かないと、何かを変えないと、置いていかれる」
今思えば、脅迫観念に近かったと思います。
でも当時のヨリブロには、それが普通でした。
「遅れないように!何か新しいモノが出ているかも知れない!!」と
発売日に雑誌を買っては、雑誌の中の世界に強烈に憧れていました。
あのページをめくる手が止まらなかったのは、今のショート動画と、きっと同じ構造なのだと思います。
雑誌から離れたように、SNSから離れてみる
ツールが雑誌からSNSに変わっただけで、「自分だけ取り残されている」という焦燥感の正体は、何も変わっていないのかもしれません。
ヨリブロの脳は昔も今も、「自分は自分」と考える時間が増えても、「誰かと自分を比べる」ことで決断疲れを起こし、心の明晰さを失っていっているのだと思います。
デジタルデトックスの本質は、単にデバイスを遠ざけることではなく、自分の「心のペース」を取り戻すための時間をつくること、のように考えています。
おばあちゃんの言った「写経」も、溢れる情報から離れて自分を整えるための知恵だったのだと、今ごろになって気がつきます。
今、ヨリブロには朝の散歩があります。散歩にはもうスマホは持って行かなくなりました。
デジタルデトックスはいつでも可能な贅沢な地方暮らし
ここ香川には、お遍路の文化や静かなお寺、そして栗林公園のような心を落ち着かせてくれる場所がたくさんあります。観光名所でなくても、朝散歩の時の朝日、夕方の買い物の時の夕暮れはキレイだなぁ、と思います。
スマホを取ろう、見よう、と無意識におこなっている動作でなく、ただそこにあるものを見ている時間。
それで十分なんだと思います。
あなたはあなたで、私は私でそれでいい。
そんな当たり前のことを、おばあちゃんはずっと前から知っていたのだと思います。まだまだ情報に振り回されているヨリブロですが、おばあちゃんが優しく諭してくれた言葉を大切にしたいです。
皆さんも、ほんの少しだけスマホを置いて、自分の呼吸に耳を澄ませてみませんか?

